先日映画館で『隣人たち』を観たあと、パンフレットを読んでいて気になった女優がいました。それが、ティッピー・ヘドレンです。
『隣人たち』では、ジェシカ・チャステインが演じるアリスの髪型やビジュアルをつくる際に、ティッピー・ヘドレンを参考にしたそう。
「ティッピー・ヘドレンって、どんな女優なんだろう?」そう思って調べてみると、彼女は1960年代を代表する女優のひとりでした。
特に有名なのが、アルフレッド・ヒッチコック監督の『鳥』と『マーニー』。
洗練されたファッションとブロンドヘア、そしてどこかミステリアスな雰囲気。まさに、1960年代の映画を象徴するような存在です。
しかも、ヒッチコックに見出されて映画女優として一躍注目を集めたという、なかなかドラマチックなキャリアの持ち主。
今回は『隣人たち』をきっかけに知ったティッピー・ヘドレンについて、彼女がどんな女優だったのか、そしてなぜ今も映画好きの記憶に残る存在なのかを、代表作とともにたどってみたいと思います。
ティッピー・ヘドレンとは?

ティッピー・ヘドレンは、1930年生まれのアメリカ人女優です。映画好きなら、アルフレッド・ヒッチコック監督の『鳥』や『マーニー』で彼女を知っている方も多いのではないでしょうか。
けれど、ティッピー・ヘドレンは最初から映画女優だったわけではありません。
もともとはファッションモデル
若い頃からモデルとして活動していたティッピー・ヘドレンは、ファッション誌や広告などで活躍。その洗練されたルックスとブロンドヘアで注目を集め、テレビCMにも出演していました。
そんな彼女の人生を大きく変えることになったのが、ある人物との出会いです。それが、映画界の巨匠アルフレッド・ヒッチコックでした。
テレビCMに出演していたティッピー・ヘドレンを見たヒッチコックが、その姿に目を留めたことから、彼女は映画の世界へ足を踏み入れることになります。
そして、1963年。
ティッピー・ヘドレンは、ヒッチコック監督の『鳥』で、いきなり主演に抜てきされました。
モデルとして活動していた女性が、ハリウッドを代表する監督の作品で映画デビュー。
しかも、その作品が後世まで語り継がれる名作になったのです。
ここから、ティッピー・ヘドレンの短くも強烈な映画女優としてのキャリアが始まります。
『鳥』で一躍注目を集めたティッピー・ヘドレン
1963年に公開されたアルフレッド・ヒッチコック監督の『鳥』。この作品でティッピー・ヘドレンは、主人公メラニー・ダニエルズを演じ、映画デビューを果たしました。
物語は、サンフランシスコから小さな港町へやってきたメラニーの周囲で、突然、鳥たちが人間を襲い始めるというもの。
穏やかだった日常が、少しずつ異常な世界へと変わっていく。
今観ても、不気味さがじわじわ迫ってくるヒッチコックらしい作品です。
洗練されたブロンド・ヒロイン
『鳥』で印象的なのは、何といってもティッピー・ヘドレンの姿。ブロンドの髪を整え、上品なスーツを着こなす彼女は、まさに1960年代の都会的な女性そのものです。
モデル出身ということもあり、立っているだけでも絵になる。それでいて、物語が進むにつれて、恐怖にさらされ、追い詰められていく。
最初は余裕のある洗練された女性だったメラニーが、次第に極限状態へと変わっていく姿を演じたことで、ティッピー・ヘドレンの存在感は強く印象に残りました。
そして面白いのが、彼女の外見そのものが『鳥』の世界観に欠かせない要素になっていること。
きちんと整えられた髪型と衣装。
それとは対照的に、突然襲いかかってくる無数の鳥。
「完璧に整えられた日常」と「予測不能な恐怖」のギャップが、作品の不気味さをより際立たせています。
『隣人たち』とのつながり
こうして『鳥』を振り返ってみると、『隣人たち』でジェシカ・チャステインがティッピー・ヘドレンを参考にしたという話も、少し納得できます。
『隣人たち』もまた、最初は裕福な家庭で暮らす二人の女性の日常から始まり、そこに少しずつ不穏な空気が入り込んでくる作品。
上品で美しく整えられた女性たちの暮らしが、徐々に緊張感のある世界へ変わっていく。
作品の内容はもちろん違いますが、「洗練された女性の日常に、少しずつ異変が入り込んでくる」という感覚には、どこか共通するものがあります。
『隣人たち』を観たあとに『鳥』を観てみると、ジェシカ・チャステインのアリスがどんな女性像を参考にしたのか、少し見えてくるかもしれません。
『マーニー』では、謎を抱えた女性を演じる

『鳥』で鮮烈な映画デビューを果たしたティッピー・ヘドレンは、翌1964年、再びヒッチコック作品に出演します。
それが『マーニー』です。主演はティッピー・ヘドレン、共演にはショーン・コネリー。
『鳥』では、突然襲いかかってくる恐怖に巻き込まれる女性を演じましたが、『マーニー』では、さらに複雑な秘密を抱えた女性を演じています。
美しいけれど、心に秘密を抱えている
ティッピー・ヘドレンが演じるマーニー・エドガーは、知的で美しく、仕事もできる女性。ところが、彼女にはひとつ大きな秘密があります。
マーニーはさまざまな会社に勤めては、ある方法で金を盗み、姿を消してしまうのです。そんな彼女に目をつけたのが、ショーン・コネリー演じるマーク・ラトランド。
マークはマーニーの過去に興味を持ち、彼女の秘密を探ろうとします。
『マーニー』は、単純な犯罪映画というよりも、ひとりの女性が抱えている心の傷やトラウマに迫っていく心理ドラマとして見ると、とても興味深い作品です。
そして、ここでもティッピー・ヘドレンの存在感が際立っています。『鳥』で見せた都会的で洗練された女性のイメージを残しながら、その内側には大きな秘密を抱えている。
外見の美しさと、心の奥にある不安定さ。
そのギャップが、マーニーという人物をよりミステリアスにしています。
『鳥』とは違うティッピー・ヘドレン
『鳥』と『マーニー』。
どちらもヒッチコック作品ですが、ティッピー・ヘドレンが演じる女性はかなり違います。
『鳥』では、外から突然やってくる恐怖に立ち向かう女性。
『マーニー』では、自分自身の内側にある過去や秘密を抱えて生きる女性。
それでも共通しているのが、美しく洗練された女性の姿の奥に、簡単には見えない一面があること。
この二つの作品を続けて観ると、ティッピー・ヘドレンが単なる「美しいブロンド女優」ではなく、複雑な感情を抱えた女性を演じることのできる女優だったことが伝わってきます。
そして、『隣人たち』でジェシカ・チャステインが参考にしたのも、もしかすると、こうしたティッピー・ヘドレンが持つ「美しさの奥にある不穏さ」だったのかもしれません。
ヒッチコックとの関係と、その後のキャリア

『鳥』『マーニー』と、わずか2作品でヒッチコック作品の主演を務めたティッピー・ヘドレン。映画女優として、これからさらに大きく飛躍していくようにも見えました。
ところが、その後の彼女のキャリアは、決して順風満帆なものではありませんでした。
ヒッチコックとの関係が転機に
ティッピー・ヘドレンとヒッチコックの関係は、『鳥』と『マーニー』を語るだけでは終わりません。
撮影現場での関係や契約をめぐる問題など、二人の間にはさまざまな出来事があり、最終的には決裂することになります。
この一連の出来事は、後にティッピー・ヘドレン自身の回想録などでも語られ、彼女のキャリアを考えるうえで重要な出来事として知られています。
ただ、ここで興味深いのは、ヒッチコックとの関係が終わったあとも、ティッピー・ヘドレンが女優として活動を続けたこと。
『鳥』や『マーニー』ほど大きなヒット作に恵まれたわけではありませんが、映画やテレビ作品などに出演し、長くキャリアを続けました。
そして彼女は、女優としてだけではなく、後年には動物保護活動にも力を注ぐようになります。
「ヒッチコックの女優」だけではない
ティッピー・ヘドレンについて調べていると、どうしても『鳥』や『マーニー』、そしてヒッチコックとの関係に目が向きます。もちろん、それだけでも映画史に残るキャリアです。
けれど、彼女の人生を知るほど、「ヒッチコックに見出された女優」という一言だけでは語れない人だったことが分かってきます。
モデルから女優へ転身し、1960年代のハリウッドで大きな注目を集め、その後も女優として活動を続ける。
そして、映画界を離れることなく、別の分野でも自分の活動を広げていった。
『隣人たち』をきっかけに名前を知った私にとっては、スクリーンの中の美しいブロンド女優という印象から、少しずつ違うティッピー・ヘドレンの姿が見えてきたように感じました。
1960年代を象徴する、ティッピー・ヘドレンのスタイル

ティッピー・ヘドレンを知るうえで、作品だけでなく、もうひとつ注目したいのがそのファッションとヘアスタイルです。
『鳥』で見せた洗練されたブロンドヘアと上品なスーツ姿は、今見ても古さを感じさせません。
むしろ、シンプルなのに凛としていて、どこか現代的。モデル出身ということもあり、服を着たときのシルエットや立ち姿にも存在感があります。
『鳥』の衣装が印象に残る理由
特に『鳥』で印象的なのが、ティッピー・ヘドレンが着ているスーツ。シンプルで上品なデザインなのに、彼女が着ることでとても洗練されて見えます。
そして、整えられたブロンドヘアとの組み合わせ。
この「きちんとした都会的な女性」というイメージが、1960年代のティッピー・ヘドレンを象徴するスタイルのひとつになっています。
一方で、映画の中ではそんな優雅な姿のまま、予想もしなかった恐怖に巻き込まれていく。そのギャップもまた、彼女のビジュアルを強く印象づけています。
『隣人たち』のジェシカ・チャステインにも
だからこそ、『隣人たち』でジェシカ・チャステインがティッピー・ヘドレンを参考にしたという話は、とても興味深いと思います。
アリスの髪型や衣装を見ていると、1960年代らしい上品さがありながら、どこか張り詰めた空気も感じます。
そして物語が進むにつれて、その美しく整えられた日常に少しずつ不穏なものが入り込んでくる。
これは、ティッピー・ヘドレンが『鳥』で見せた女性像とも重なります。
- 美しい
- 上品
- 洗練されている
でも、その奥には何があるのか分からない。
そんな二面性を持った女性像だからこそ、60年以上経った今でも、映画のキャラクターを作るうえで参考にされるのかもしれません。
『隣人たち』を観たときには「素敵な1960年代の衣装だな」と思っていたものが、ティッピー・ヘドレンを知ったあとでは、少し違って見える。
映画の衣装や髪型には、その時代の空気だけでなく、過去の映画やスターへのオマージュが隠れていることもある。そんなことを知ると、映画をもう一度観たくなります。
『隣人たち』から、もう一歩映画の世界へ

今回、ティッピー・ヘドレンについて調べるきっかけになったのは、『隣人たち』でした。ジェシカ・チャステインが演じたアリスの髪型やビジュアルの参考にした女性が、1960年代に活躍したティッピー・ヘドレンだった。
それを知ったことから、『鳥』や『マーニー』という作品にたどり着きました。
映画を観ていると、俳優の演技やストーリーだけでなく、
「この衣装、素敵だな」
「この髪型、どこかで見たことがある」
「この俳優は、誰を参考にしているんだろう?」
そんな小さな疑問が生まれることがあります。
そして、その疑問を少し調べてみると、思いがけず別の映画や俳優につながっていく。今回のティッピー・ヘドレンも、まさにそんな出会いでした。
『鳥』も『マーニー』も、まだきちんと観ていないという方は、これを機会に観てみるのもおすすめです。
特に『隣人たち』を観たあとなら、ティッピー・ヘドレンが作り上げた1960年代の女性像を知ることで、ジェシカ・チャステインのアリスを思い返す楽しみ方もできそうです。
一本の映画から、また別の映画へ。
映画を観て終わりではなく、そこから少し寄り道してみる。そんなふうに映画の世界をぶらりと巡っていると、知らなかった作品や俳優に出会うことがあります。
今回の『隣人たち』も、私にとってはティッピー・ヘドレンという新しい映画の扉を開いてくれた一本でした。

