『オークストリートの異変』で流れる「My Life」の意味とは?|ビリー・ジョエルの名曲が選ばれた理由を考察

『オークストリートの異変』を観る前、予告編で流れる曲がずっと気になっていました。恐竜が突然現れ、町がパニックに陥っていく映像に重なるのは、ビリー・ジョエルの「My Life」

「なぜ、ここでこの曲なんだろう?」

明るく軽快な曲と、恐竜に襲われる町の光景。その組み合わせが、なんとも不思議で印象に残ります。しかも「My Life」は、ただの懐かしい洋楽というわけではありません。

曲が生まれた背景や歌詞のテーマを知ると、『オークストリートの異変』との間に、ちょっと気になる共通点が見えてきます。

今回は、ビリー・ジョエルの「My Life」がどんな曲なのかをたどりながら、なぜこの映画の予告編に選ばれたのか、その意味を考えてみます。

目次

「My Life」はどんな曲?1978年に生まれたビリー・ジョエルの名曲

Billy Joel – My Life (Official Audio)

「My Life」は、ビリー・ジョエルが1978年に発表した楽曲です。

アルバム『52nd Street』に収録され、同年10月12日にリリースされました。アルバムは後にグラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞しています。

タイトルを直訳すれば、「私の人生」。曲のテーマも、そのタイトルどおりです。自分の生き方について周囲から口を出されても、最終的にどう生きるかを決めるのは自分。

ビリー・ジョエル自身の公式サイトに掲載された歌詞からも、「自分の人生は自分で決める」という強い意思が伝わってきます。

実は、この曲にはモデルになった人物がいました。

ビリー・ジョエルの古い友人で、東海岸での仕事や生活を手放し、ロサンゼルスへ移ってスタンダップコメディアンとして生きる道を選んだ人物です。

つまり「My Life」は、ただ強がって「好きにさせてくれ」と歌っている曲ではありません。

それまでの生活を離れて、自分が選んだ人生へ進んでいく。

そんな決断を歌った曲でもあるのです。そして、ここを知ったうえで『オークストリートの異変』の物語を考えると、ちょっと面白くなってきます。

「大丈夫」と歌っているのに、全然大丈夫じゃない?

映画『オークストリートの異変』本予告|2026年8月14日(金)日米同時公開

『オークストリートの異変』の予告編で、「My Life」が流れ始める瞬間。最初に聞こえてくるのは、ビリー・ジョエルの「I’m alright(大丈夫)」という言葉です。

ところが、画面の中ではまったく大丈夫ではありません。町に異変が起こり、住民たちは何が起きているのか分からない。

そして、ついには恐竜まで現れる。この「大丈夫」と歌っている曲と、何ひとつ大丈夫ではない映像のギャップが、なんとも皮肉で面白い。

実際、予告編ではラジオをチューニングするような映像とともに「My Life」が聞こえ始めます。曲の音は一度遠く響くように処理され、その後、映像が恐竜やパニックへと展開していくにつれて、楽曲もよりドラマチックなアレンジへと変化していきます。

さらに印象的なのが、曲の後半。

「I don’t care what you say anymore / this is my life」

というフレーズが、恐竜から逃げ、生き延びようとするプラット一家の姿に重なります。もちろん、これが監督の意図した「正解」だと断定することはできません。

でも、「大丈夫」と言い聞かせていた日常が、一瞬で崩れる。

そして最後には、「これは私の人生だ」

と、自分たちの生きる場所を自分たちで取り戻そうとする。

そう考えると、「My Life」は単に1980年代の雰囲気を出すための懐かしい曲ではなく、映画の物語と意外なほど相性のいい選曲に思えてきます。

なぜ「My Life」が1980年代の『オークストリートの異変』に合うのか?

© 2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

「My Life」が印象に残るもうひとつの理由は、映画の時代設定にもあります。

『オークストリートの異変』の舞台は、スマートフォンもパソコンもない時代。家にはラジオがあり、カセットテープがあり、テレビから流れる音楽を楽しむ。

そんな少し懐かしい1980年代の空気が、映画全体に漂っています。

「My Life」が発表されたのは1978年。つまり、映画の時代から見ても、少し前にヒットした曲です。だからこそ、劇中の世界に置いても不自然ではありません。

しかも予告編では、ラジオをチューニングするような映像から「My Life」が聞こえてきます。その瞬間、恐竜映画というよりも、まず「昔のアメリカの家庭の日常」を感じさせる。

そこから突然、町に異変が起こり、恐竜が現れる。この落差が、映画の面白さにつながっています。私が映画を観ていて「ちょっとエモいな」と感じたのも、まさにこの部分。

恐竜という非現実的な存在が現れる一方で、その舞台になっているのは、どこにでもありそうな普通の住宅街。

そこにラジオやカセット、当時のファッションやインテリアが重なって、まるで昔のアメリカの町にタイムスリップしたような感覚になります。

だから「My Life」は、単に古い曲だから選ばれたのではなく、「いつもの日常」を感じさせる音楽として機能しているようにも思えます。

そして、その平和な日常が一瞬で壊される。

そう考えると、明るく軽快な「My Life」が流れること自体が、映画の異変をより強く感じさせる仕掛けになっているのかもしれません。

「My Life」とプラット一家の物語は、どこか重なっている?

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「My Life」が面白いのは、曲のタイトルと映画の状況を重ねてみると、意外な共通点が見えてくるところです。曲が歌っているのは、「自分の人生は、自分で決める」という意思。

一方のプラット一家は、ある日突然、それまでの生活を大きく変えられてしまいます。

昨日まで暮らしていた家。
いつもの町。
当たり前だった日常。

それが、突然まったく違う世界になってしまう。

自分たちの意思とは関係なく、これまでの「普通の生活」を奪われてしまうのです。だからこそ、「My Life」というタイトルが妙に引っかかります。

これは私の人生。

そう言い切る曲をバックに、家族が自分たちの生きる場所を取り戻そうとする。もちろん、これがデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の意図だったとは断言できません。

でも、映画を観たあとに改めて曲を聴くと、単なる懐かしい洋楽としては片づけられないように感じます。そしてもうひとつ気になるのが、プラット一家が「家族」として生き残ろうとすること。

「My Life」はタイトルだけを見ると、とても個人的な歌です。

My Life = 私の人生。

でも映画では、ひとりで生き残るのではなく、家族でこの異常な状況を乗り越えなければならない。「私の人生」だったものが、いつの間にか「私たちの人生」になっていく。

そんなふうに考えると、この曲が映画に重ねられていることが、少し意味深く見えてきます。

恐竜から逃げるだけのサバイバル映画。そう思って観ていたら、実はその背景に「自分の人生をどう生きるのか」というテーマまで見えてくる。

私は、このちょっとしたズレと重なりが、この映画と「My Life」の組み合わせの面白さだと思いました。

「My Life」が恐竜映画の音楽に変わる瞬間

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『オークストリートの異変』の予告編で、もうひとつ面白いのが「My Life」の使い方です。ビリー・ジョエルの軽快なポップソングが、そのまま流れるわけではありません。

予告編では曲の途中から、シンセやストリングス、ホーン、重厚なパーカッションなどが加わり、少しずつ映画音楽のような壮大なサウンドへ変化していきます。

最初はどこか楽しげ。
ところが、町の異変が大きくなるにつれて、音楽も不穏になっていく。

そして恐竜が姿を現す頃には、もともとの「My Life」を知っている人ほど、

「あの曲が、こんな恐竜映画の音楽になるの?」

と驚くような仕上がりになっています。
このギャップが、すごくいい。
明るい曲なのに、映像は大混乱。

「I’m all right(大丈夫)」と歌っているのに、画面では恐竜が暴れ回っている。さらに「this is my life」というフレーズが流れる頃には、プラット一家が生き残るために必死になっている。

つまり、ひとつの曲の中に、

日常 → 異変 → 恐怖 → サバイバル

という予告編の流れが重ねられているように感じます。

しかも、恐竜が暴れる映像に合わせて、曲の一部が大きく引き伸ばされたり、効果音やパーカッションが重ねられたりすることで、単なる「懐かしい洋楽」ではなく、ちゃんと恐竜映画の予告編の音楽になっている。

私はここが、この予告編で「My Life」が強く印象に残る理由だと思いました。曲を知っている人には意外性があり、知らない人には「この映画のために作られた曲」のようにも聞こえる。

そして何より、平凡な日常に突然、恐竜が入り込むという映画の設定と、明るい曲が少しずつ不穏なものへ変わっていく演出が、きれいに重なっています。

「My Life」は本編でも流れていた?

ここで、ひとつ気になったことがあります。
「My Life」は映画の本編でも使われていたのか?

公開されているサウンドトラック情報を確認すると、「My Life」は現在のところ、『オークストリートの異変』の予告編で使用された楽曲として紹介されています。映画本編のサウンドトラックには、マイケル・ジアッキーノによるオリジナルスコアが使われています。

そのため、この記事では「劇中でも流れる曲」とは断定せず、予告編での「My Life」の使われ方に注目したいと思います。

とはいえ、映画を観た私自身は、プラット家の日常の中で音楽が印象的に使われていた場面を思い出しました。

もしかすると、そこで別の曲と記憶が重なっているのかもしれません。こういうところも、映画を観たあとにサントラや使用曲を調べてみる面白さ。

「あの曲、なんだったんだろう?」

と気になったことをきっかけに調べていくと、映画の見え方が少し変わってくることがあります。今回の「My Life」も、まさにそんな一曲でした。

まとめ|だから「My Life」がこんなに印象に残る

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『オークストリートの異変』の予告編を初めて観たとき、「なぜ恐竜映画にビリー・ジョエル?」と不思議に思いました。でも、「My Life」という曲について調べてみると、その理由が少し見えてきます。

この曲が歌っているのは、
「自分の人生は、自分で選ぶ」ということ。

周囲の期待や価値観に流されず、自分の意思で生きていく。そんなテーマを持った楽曲です。

そして『オークストリートの異変』では、平凡な住宅街の日常が突然崩れ去ります。

恐竜が現れ、これまで当たり前だった生活は一変する。
そんな極限状態の中で、人はどう生きるのか。

何を守るのか。
どんな選択をするのか。

もちろん、監督がその意味を込めて「My Life」を選んだのかは分かりません。

でも、曲が持つテーマと映画の物語を重ねてみると、ただの懐かしいヒットソング以上の意味を感じてしまいます。だからこそ、この予告編は印象に残るのかもしれません。

恐竜が暴れ回る映像。
そこに流れるビリー・ジョエルの「My Life」。

一見ミスマッチに見える組み合わせなのに、不思議と映画の世界観にぴったりはまっている。『オークストリートの異変』を観たあと、ぜひもう一度予告編を見返してみてください。

きっと最初に観たときとは、少し違って聞こえるはずです。

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